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証券会社のこんな場合

2人の目はS破綻の原因を見抜いていた。
証券市場は、Sの瑳鉄は不動産投資や石油精製事業への過大な肩入れによって財務体質が悪化したからと見ていた。 その後、企業買収家から防衛しようとして、LBOによる株式非公開化の過程で更に財務面で危機的な状況に追い込まれ破綻に至ったというのが、Sに対する一般的な総括だった。
しかし、IとSは全く違った見方をしていた。 「とてもじゃないがお客に買ってもらえる雰囲気ではない。
コンビニエンスストア本来の役割を見失っている」と言い切った。 店舗の陳列棚は埃だらけ、サンドイッチはぱさぱさ、ビールは一本売りでなくてパック売り、値引き販売の常態化、無愛想な店員、欠品(品切れ商品)ばかり、薄暗く女性が入りづらい店内。
とてもじゃないがお世辞にもコンビニエンスストアとは言えない状態だった。 決定的だったのは、ビールとたばこの嗜好品が売り上げの半分以上となっており、日常生活で必要な食品や雑貨の比率が極めて低いことだった。

S社のノウハウを元に日本でSを育て上げたSには、一つの信念があった。 「小売はドメスティック(地元主義)なもの」ということである。
新生Sについても、再建の実務を担うのはアメリカ人による経営がふさわしいと考え、社長兼CEO(最高経営責任者)にはK(前副社長)を昇格させた。 日本側はS会長にI、副会長にSやY堂専務だったS、S専務のKらが名を連ねたが、現地の経営陣には誰1人加わらなかった。
Sは現地で陣頭指揮を執る経営陣の意識改革に取りかかることにした。 Y堂側とS社は2カ月に一度、合同のボードミーティングやビジネスミーティングを日米交互に行い、コンビニのあるべき姿を徹底的に理解してもらうよう心がけた。
この日米相互のミーティングは現在もほぼ同様の形式でスクラムが組まれ、続けられている。 再生の第一歩は店舗改装による売り上げ回復の実験から始まった。
新体制になって約5ヵ月後の91年8月、S本社近くのテキサス州の州都オースチンにある50の直営店舗の改装に着手した。 日本と同様にドミナント(高密度多店舗出店)になっていたのと、アメリカの人口構成にオースチンが似ていることが実験地域にした理由だった。
まず薄暗い店内の照明を500ルクスから日本のS並みの900ルクスに、外装も板張りからガラス張りにし、入店しやすいようにした。 店の入り口付近にはパンティースットキングを置き、雑誌売り場から男性成人向け雑誌を外した。
これまで店に入ることを躊躇していた女性客を意識した。

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